ムスリム信仰は、神の定めの不変性と無謬性を絶対なものとして西欧世界との間に緊張関係を作り出している。イスラーム的な公正観念の正義感からテロという暴力の暴走を生み出しているのだ。この二つの文明世界の共生は、両者の相互理解に努めた新たな思想と制度の創造が求められている。
過去二世紀にわたり、世界のムスリムは西欧世界による支配、差別、抑圧の歴史を生きてきた。特にここ十年間の中東・イスラーム世界での戦争や紛争は、ムスリムに理不尽な被害を与えてきた。ムスリムへの凄惨な出来事は、衛星放送やインターネットのメディアの発達でリアルタイムで伝わり、彼らを戦時下と認識させる。
商業における公正観念と弱者救済とが一体となる、人間関係の基本道徳をもつムスリム信仰の観念は、戦時下において急激に強化され、彼らが世界の状況を不公正だと認識、イスラーム的な正義感からテロという暴力の暴走へと繋がっている。覚醒したムスリムは、社会の進歩を促す人間の力を認めない。力の源泉が人間の理性から導かれる叡智であることを認めないのだ。物事の道理を神の定めに返すという観念を絶対とする限り、それを相対化し啓蒙主義から合理主義へと促した西欧社会では受け入れられないのだ。
一方でムスリムは、このことを自覚し理想主義ではない経済主導の観念として受け入れることが必要であり、他方で西欧世界はムスリムが何に憤り、悲しみ、何に喜びを見出すのかという根本的な人間理解を深めることが必要である。
人間関係の基本道徳として、商業の公正観念と弱者救済とが一体となっている。この公正観に従い西欧世界の支配、差別、抑圧によってイスラーム共同体の弱者が虐げられると力で反撃しようとする人々が現れる。西欧世界の啓蒙主義を社会の主流の観念としないムスリムは、神の定めの不変性と無謬性を絶対なものとして西欧世界との間に緊張関係を作り出す。この二つの文明世界の共生は、両者の相互理解に努めた新たな思想と制度の創造が求められているのである。
参考文献、 内藤正典『ヨーロッパとイスラーム-共生は可能か-』岩波書店、2004年