インド文学の淵源である叙事詩 マハーバーラタとラーマーヤナ(アジア芸術史)

 紀元前5世紀頃に古代インド世界では、宗教観や世界観に大きな変化の時期を迎える。この時代に、生み出された二大叙事詩であるマハーバーラタとラーマーヤナは神々と人々との新たな関係を描写する。それら叙事詩のなかで語られたものや仏教の説話、また寓話集や物語集において語られていた話は、インド起源の説話文学となったのだ。

 インドの歴史の中、紀元前五世紀は大変革の時代である、ヴェーダの宗教の儀礼的な祭式中心の宗教への信仰が崩れ始め。ヴェーダの神々の威厳は失墜し、地方土着の神が人々から信仰を集めるようになる。バラモンにかわって苦行者が人々に対して世界や人間についての考え方を説き、人々も好んで新しい教えを受容する。その時代の潮流の中、仏教やシャイナ教などの新しい宗教が多くの宗教文学を生み。さらにその考え方はヴェーダの考えを受け継いだバラモン教の中でも受け継がれる。古代インドの百科事典と言っても過言ではない「昔々あった話」といわれ「第五のヴェーダ」とも呼ばれるマハーバーラタ。

 ラーマという主人公を中心とした物語の「最初の詩文学」と呼ばれ、言語と文体においてマハーバーラタよりも洗練され、インドにおける文学作品の起源としての地位を占めているラーマーヤナは。タイの仮面舞踏劇の演目であるラーマキエンで演じられ、カンボジアを代表する文学作品『リアムケー』のもととなるのである。

これら二大叙事詩もこの時期の考え方の変化を背景に、

 数百年の間のなかで段階的につくり上げられ、400年頃に現在のようなかたちをもつようになる。5~6世紀頃にはプラ―ナと呼ばれる昔話集が語り部によって語られ、多くは書写で伝承されバゥラーニカ(伝承者)によって改変されながら伝えられたと考えられている。紀元前数世紀にはマハーバーラタにおいて、五王子を勝利に導く英雄として描かれ、最高神としてヴィシュヌと同一視され神格化されたクシュリナ伝説が、クシュリナを神として全インド的な信仰を集めた。十二世紀の詩人ジャヤデーヴァはクシュリナと乙女ラーダの恋を叙情詩『ギータ・ゴーヴィンダ』をつくりサンスクリット文学史上屈指の傑作といわれる。 

 人々の関心の中心が、神々の世界から地上世界における人間の活動に移ったとき、神々と人々との新たな関係を描写することになった叙事詩から芸術の始まりを見ることになるのだ。

 これらの叙事詩のなかのエピソードとして語られたものや、仏教の説話として残されたもの、また寓話集や物語集において語られていた話は、インド起源の説話文学となり、日本では漢訳仏典を通じて伝わり、おとぎ話や童話などのもとになり。八世紀頃にはアラビア語に訳され、それに基づいて、ギリシア語ラテン語イタリア語ドイツ語に訳され。ラ・フォンテーヌの寓話やグリムの童話のもととなり世界中に広まるのである。

参考文献、編者、赤松紀彦、『アジア芸術史 文学上映篇2 朝鮮半島、インド、東南アジアの詩と芸能』京都造形芸術大学、東北芸術工科大学 出版局 芸術学舎、2014年、