ホルヘ・ルイス・ボルヘス『詩という仕事について』普遍的な生の表現。

 想像力の世界に導く詩的な言葉は、知覚に意味を伝達するものとして日常使われる言葉とは異質な言葉である。ホルヘ・ルイス・ボルヘス (1899~1986) は『詩という仕事について』のなかで古代からの書物によって生み出される新しい言葉、詩について、詩学の物語に共振する読者によって新たな詩が創造されること、自身も書物から受容した夢の記述などを表現の基軸としていることを語っている。

 1967年秋に行われたアメリカ合衆国ハーヴァード大学での講演の記録であるテキスト『詩という仕事について』のなかで作家ボルヘスは自身の作品を含めた詩についての感覚として、さまざまな詩を引用しながら詩や文学について、または自身の作品を生み出す過程について語っている。

彼の夢の記述についてのこだわりは、

 多くの古代からの書物や物語が時間を超えて新しい想像力を生み出し夢へと導いていることを伝えている。受容した詩学の言葉が夢をつくる成分として存在しているのだ、宇宙図書館の住人と言われるその脳内の膨大な物語の成分が、ボルヘスという人間を通路として新たな文学、詩を生み出していることが示唆されるのである。

 彼の短編小説作品「不死の人」を例に挙げれば、それはホメロスの叙事詩の物語に入って迷路を彷徨う、断片的な物語の映像記憶の歪、物語を継ぎあわせた現実世界と夢の創造の世界、多くの物語が導く想像の世界を成分として新たに創造された物語であり、宇宙という自然の秩序を擬人化した神の世界を描く物語として想起させ、迷路を彷徨う人間の生そのものを普遍的に表現している。

 人間の記憶の映像は現実と多くの書物、詩学からの想像の世界のなかで断片的な歪を併せ持ちながら創造されていることを、この作品は相貌的な知覚像として描かれ保存され詩学として描かれているのである。

 講演テキスト『詩という仕事について』は、ボルヘスの作品が多くの書物から想像された物語を、相貌的な知覚像として夢の中で生き返り詩学として表現した物語であること、さらにそれが現代の人間の普遍的な生の表現であることを伝えているのである。

  参考文献、

ホルヘ・ルイス・ ボルヘス『詩という仕事について』、岩波文庫、2011年  
ホルヘ・ルイス・ボルヘス/篠田一士訳『伝奇衆/エル・アレフ』、グーテンベルク21、2017年
ホルヘ・ルイス・ボルヘス/柳瀬尚紀訳『ボルヘス怪奇譚集』、河出書房新社、2018年
ホルヘ・ルイス・ボルヘス/野谷文昭訳『七つの夜』、岩波書店、2018年